日本のタイポグラフィ文化の源流を辿ると、巨大電子掲示板の黎明期を彩ったアスキーアートに行き着く。半角英数や約物を緻密に積み上げ、画面全体で感情を表現した職人芸は、インターネットが一般市民のものとなる過程で劇的なダウンサイジングを遂げた。
やがてドコモの栗田穣崇氏らが開発した絵文字が世界標準を塗り替える一方で、文字コードの隙間を縫うようにして独自の進化を続けたのが顔文字だった。画一的なカラーアイコンには収まりきらない「曖昧な照れ」や「にじみ出る幸福感」を表現する手段として、日本の情報通信産業の発展とともに独自の生態系を築き上げたのだ。