ペギー葉山の学生時代や代表作に関しては、インターネット上でいくつかの誤認が見受けられます。一次資料や証言をもとに、事実を整理して検証します。
誤解1:『学生時代』はペギー葉山自身の自伝・作詞作曲である?
「ペギー葉山が自身の学生時代を回顧して作った曲」と誤解されるケースが少なくありません。しかし実際には前述の通り、作詞・作曲はすべて平岡精二によるものです。平岡が青山学院時代の自らの青春の追憶と、後輩であるペギー葉山のパブリックイメージを重ね合わせて制作した楽曲であり、「青学という共通の母校を持つ二人のクリエイターによる魂の共鳴」が生み出した結晶でした。
誤解2:お嬢様育ちのシンデレラストーリーだったのか?
青山学院出身という経歴から「良家のお嬢様が順風満帆にデビューした」と捉えられがちですが、当時の実態は過酷な現場叩き上げでした。戦後の米軍基地クラブは、酒に酔った米兵たちが野次を飛ばすことも珍しくないシビアな環境でした。そこで英語で客席を沸かせ、演奏をリードするタフな交渉力と度胸を磨いたからこそ、昭和芸能界の第一線で半世紀以上にわたり活躍し続けることができたのです。
誤解3:『ドレミの歌』の「ドはドーナツ」は直訳である?
原曲(『サウンド・オブ・ミュージック』)の英語詞は「Doe, a deer, a female deer(ドは牝鹿のド)」という言葉遊びです。ペギー葉山が日本の子どもたちに親しみやすいよう「ドはドーナツのド」「レはレモンのレ」と完全に再構築したオリジナルの創作訳詞です。この言葉選びのセンスにも、彼女が学生時代から培ってきた豊かな教養と児童心理への深い理解が反映されています。