柳葉敏郎のキャリアの原点にして最大の衝撃作といえば、1980年代前半にストリートカルチャーを席巻した路上パフォーマンス集団「劇男一世風靡」、そしてそこから派生した音楽ユニット「一世風靡セピア」での活動です。
毎週日曜日の原宿・歩行者天国(ホコ天)に集まった何千人もの観客を前に、一糸乱れぬ群舞と寸劇を披露。1984年にリリースされたデビューシングル『前略、道の上より』はオリコンチャート上位を記録し、日本中に空前のセピア旋風を巻き起こしました。当時「ジョニー」の愛称で親しまれた柳葉敏郎は、引き締まったシャープなフェイスライン、涼しげで力強い目元、抜群の運動神経から繰り出されるダイナミックなダンスで、センター級の熱狂的支持を集めていました。
当時のビジュアルで特に象徴的だったのが、完璧にセットされた鋭角的なリーゼントヘアと、無駄のないシルエットのスーツスタイルです。昭和後期の男性アイドル像とは一線を画す、硬派でストイックな男の色気は、2026年現在のSNS(XやInstagram)でも「昭和の国宝級イケメン」「現代のK-POPや塩顔俳優の先駆け」として度々バズを引き起こしています。