1995年、吉本興業が東京に開設した吉本総合芸能学院(NSC東京校)の1期生として二人は出会った。相方の品川祐と組んだ「品川庄司」は、デビュー直後からテンポの早い本格派漫才で脚光を浴びることになる。しゃべくり漫才のキレとスタイリッシュな佇まいは、当時の若手お笑いシーンにおいて際立っていた。
しかし、ブレイクの裏には激しい衝突の日々があった。若さゆえの自我とプライドのぶつかり合い。楽屋で口をきかない時期が何年も続いたことは、今ではバラエティの定番エピソードとして笑いに変えられているが、当人たちにとっては切実な生存戦略だった。「解散」のふた文字が頭をよぎった夜は一度や二度ではない。それでもマイクの前に立てば、互いの呼吸を完璧に合わせる。職人的なプロ意識が、絶体絶命の危機を何度も救ってきたのだ。