『梁塵秘抄』の真価を理解する上で欠かせないのが、後白河法皇自らが執筆した解説書『梁塵秘抄口伝集』です。特に「巻十」には、法皇自身の今様への狂気じみた執着と情熱が赤裸々に綴られています。
口伝集の記述によると、法皇は「10代の頃から今様を好み、朝から晩まで歌い続けた」「歌いすぎて3回も喉をつぶし、声が出なくなった」と告白しています。昼夜を問わず御所の障子を閉め切って歌の稽古に励み、歌い明かした回数は数百夜にも及んだと記されています。
特筆すべきは、美濃国(現在の岐阜県)青墓宿の遊女の家系を引く70歳を過ぎた老女・乙前(おとまえ)との師弟関係です。法皇は彼女が名人の系譜を継ぐ今様の正統伝承者であると知るや、宮中に招き入れ、自ら師事しました。周囲の貴族たちが眉をひそめる中、法皇は彼女の老いた声に真摯に耳を傾け、徹底的に口伝を吸収したのです。乙前が80代で亡くなった際、法皇は深い悲しみに暮れ、手厚く供養を営んだ事実が記録されています。