引退後、年寄・田子ノ浦を襲名した久島海を最大の悲劇が襲ったのは、2012年2月13日のことでした。東京都江戸川区の部屋で朝稽古の指導を行っていた際、突如として激しい体調不良を訴えて吐血し、意識を失ったのです。すぐに救急車で病院へ緊急搬送されたものの、同日午後、蘇生することなく息を引き取りました。享年46という衝撃的な若さでした。
公表された直接の死因は心不全(急性心不全)です。現役時代から200キロ近い巨体を誇っていた親方は、長年にわたり重度の糖尿病や高血圧などの生活習慣病を抱えていました。晩年はインスリンの投与や食事制限を行いながら土俵下に座っていましたが、親方業の心労も重なり血管や心臓に想像を絶する負荷がかかっていたとみられます。
前日まで普段通り弟子に声をかけ指導していただけに、愛弟子や相撲関係者の受けたショックは計り知れませんでした。土俵にすべてを捧げた男の命の灯火は、あまりにも唐突に消え去ってしまったのです。