江戸の大相撲は、寛政年間に黄金期を迎えました。この時代を牽引したのが、雷電為右衛門、谷風梶之助、小野川喜三郎の「寛政の三傑」です。
雷電にとって谷風梶之助は、若き日にその才能を見出し、相撲の技術と礼法を教え込んだ大恩人であり師匠のような存在でした。谷風の胸を借りて稽古を重ねたことが、雷電を単なる怪力自慢から本物の大相撲力士へと成長させました。
一方、技巧派として知られた小野川喜三郎とも土俵上で名勝負を繰り広げました。雷電が喫したわずか10敗のうち、小野川には数少ない土をつけられています。互いに実力を認め合い、競い合ったライバルたちの存在があったからこそ、江戸の相撲熱は最高潮に達し、大相撲は今日まで続く国民的興行としての基盤を確立しました。