1960年代後半、日本企業の欧州進出が本格化した。特にドイツは製造業、化学産業、金融分野において日本企業の重要拠点となった。駐在員とその家族が急増する中、子どもたちの教育問題が深刻化する。現地校への適応は言語の壁が高く、帰国後の日本の学校への編入も困難だった。
1971年、デュッセルドルフ日本人学校が開校。これがドイツ最初の日本人学校となった。デュッセルドルフはノルトライン=ヴェストファーレン州の州都であり、日本企業が集中するルール工業地帯へのアクセスも良好だった。開校当初の児童生徒数は100名程度だったが、1980年代の日本経済の隆盛期には600名を超えるまでに成長した。
フランクフルトでは1973年に日本人学校が設立された。欧州中央銀行の所在地でもあるこの都市には、金融機関の駐在員が多数赴任していた。ベルリン日本人学校は東西ドイツ統一後の1994年に開校し、3校体制が確立された。