昭和30年代、日本各地の幹線道路や鉄道沿線で深刻化したのが、列車からの飛散汚物による環境汚染問題だ。人々はこの被害を公害になぞらえて「黄害」と呼び、激しい怒りの声をあげるようになった。特に夏場になると線路周辺には猛烈な悪臭が立ち込め、沿線住宅地では洗濯物を外に干すことすらままならない状況が多発した。
最前線で被害を受けたのは、線路の安全を守る保線作業員たちである。時速100キロメートルを超える高速で通過する列車から撒き散らされる粉霧状の汚物は、作業員の衣類や顔面に容赦なく降りかかった。衛生的な危険はもちろんのこと、作業員の尊厳を著しく傷つける現場環境は、労働運動における切実な解決課題として取り上げられるに至ったのである。