日本中を深い悲しみに包んだ名優の訃報。渥美清氏(本名:田所康雄)は、1996年(平成8年)8月4日午後5時17分、東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院で息を引き取りました。享年68。公式に発表された渥美清の死因は「転移性肺がん」でした。
渥美清さんの身体は、決して元から屈強だったわけではありません。若手時代、浅草のストリップ劇場や軽演劇の舞台に立っていた20代の頃、重度の結核に倒れて国立療養所中野病院に入院。約2年間に及ぶ過酷な療養生活の末、片方の肺を切除する大手術を経験していました。もともと呼吸機能にハンディキャップを抱えながら、あの独特の甲高い張りのある声と、息つく暇もない機関銃のような啖呵売(たんかばい)の名調子を生み出していたのです。
病魔が再び牙を剥いたのは、シリーズが脂の乗っていた1991年(平成3年)のことでした。定期検診で肝臓がんが発覚。摘出手術を受けたものの、1994年(平成6年)には残されたもう片方の肺への転移が確認されます。残された肺への転移は、俳優活動はおろか生命維持にとっても決定的な打撃でした。
しかし、渥美さんはこの過酷な闘病生活を、世間はおろか撮影クルーや共演者にすら徹底的に伏せ続けました。痛みを抑える強い鎮痛剤を服用しながら撮影所へ通い、カメラの前に立ち続けた理由はただ一つ、「寅さんが病気で苦しんでいると知れたら、観客が劇場で心から笑えなくなる」という、徹底したプロフェッショナリズムからでした。