国道23号がこれほど特異な道路へと発展したルーツは、昭和の高度経済成長期にさかのぼります。名四国道の歴史は、名古屋市と三重県四日市市という2大工業都市を最短で結び、港湾物流と重化学コンビナートを繋ぐ国家プロジェクトとして1960年代に本格着工されたことに始まります。
当時、旧国道1号の大渋滞は経済成長の致命的な足かせとなっていました。これを打破すべく、平面交差を極力排除した高規格バイパスとして整備されたのが名四国道です。有料道路並みの設計でありながら無料で開放されたため、全国の物流業者から「東名や名神を使わずに中京圏を通過できるドル箱ルート」として重宝されてきました。
そして東三河地区へと延伸する「名豊道路」(豊橋・豊橋東・蒲郡・岡崎・知立の5バイパス群)の建設へと事業は拡大。最後のミッシングリンクであった豊川為当IC〜蒲郡IC間が結ばれたことで、静岡県浜松市から三重県四日市市まで約100kmにわたる長大な無料高規格バイパス網が完成しました。高速道路料金を節減したい長距離ドライバーにとって利便性が飛躍的に向上した一方、高速道路並みのトラフィックが一般国道に常時流れ込むという過酷な現実を生み出しています。