観念的な信仰の世界にとどまらず、日本国内には国土地理院の地形図にも公式表記されている三途の川実在の場所が点在しています。地域の伝承や地勢と結びつき、古くから死者供養の場として信仰を集めてきた代表的な二つの現場を取材・検証しました。
死者と対話する霊場|恐山正津川の由来
日本三大霊場の一つとして名高い青森県むつ市の恐山。カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)から唯一流れ出る河川が、通称「三途の川」と呼ばれる恐山正津川の由来です。硫黄の異臭が立ち込める荒涼とした火口原を抜けると、宇曽利湖の極楽浜と対比するように赤く塗られた太鼓橋が現れます。古くから「悪人にはこの橋が針の山に見えて渡ることができない」と伝えられ、現在も多くの参拝者が息を呑んで足元を見つめる厳粛な境界線となっています。現地では今もイタコの口寄せが行われ、亡き肉親の言葉を求める人々にとって、この川は現世と他界をつなぐ精神的な架け橋として機能し続けています。
国道沿いに佇む歴史の痕跡|群馬県甘楽町三途川
もう一つの注目すべき実在スポットが、群馬県甘楽郡甘楽町を流れる一級河川、群馬県甘楽町三途川(さんずがわ)です。白倉川の支流にあたるこの川は延長わずか数キロの小河川ですが、国道254号線にかかる橋の銘板にははっきりと「三途川」の文字が刻まれています。橋の北側には「姥子堂(うばこどう)」と呼ばれる小堂が現存し、堂内には恐ろしい形相で睨みを利かせる木造の奪衣婆像が安置されています。地元自治体や郷土史料の編纂記録によると、かつての上野国(こうずけのくに)における修験者や巡礼者が、この地を霊界の入口に見立てて禊(みそぎ)を行った名残であり、現代の日常的な街道風景のなかに異界への扉が溶け込んでいる貴重な実例です。