母親が逮捕された1997年7月、時効成立までわずか21日という土壇場での身柄確保は、日本全国に大ニュースとして駆け巡った。しかし、スポットライトが捜査本部の功績と「整形逃亡犯」の衝撃的な素顔に集まる一方で、残された家族が直面した地獄はメディアのカメラに映し出されることはほとんどなかった。
長男をはじめとする子供たちは、世間からの激しいバッシングと差別の渦中に叩き落とされた。いくら親の犯した罪だとは言え、逃亡を手助けした事実に対する社会的制裁は容赦なかった。就職の機会を奪われ、住み慣れた土地を追われ、偽名を使わなければまともに生きることすらできない日々。身内の犯罪によって人生を奪われた「加害者家族の苦悩」は、報道の狂騒が去った後も延々と続いていったのだ。