彼女のキャリアは、決して平坦な道のりではなかった。1983年、オーディションによって結成された前身バンド「赤坂小町」としてデビュー。しかし、当時は事務所主導のアイドル路線を強いられ、ヒットに恵まれない不遇の時代を過ごしている。自分たちがやりたい音楽とのギャップに苦しむ日々。少女たちのフラストレーションは、静かに、しかし確実にマグマのように溜まっていった。
転機は事務所の移籍と、バンド名「プリンセス プリンセス」への改名だった。メンバー自身が作詞・作曲を手がけるスタイルへと舵を切った瞬間、彼女たちの才能は一気に開花する。自らの言葉で、自らのメロディを奏でる。その主体性こそが、のちに社会現象を巻き起こす爆発力の導火線となったのだ。