晩年の闘病生活は、壮絶を極めた。肺がん、脳腫瘍、そして脳梗塞。次々と襲いかかる大病に身体を蝕まれながらも、高座への執念が途切れることは一度もなかった。リハビリを重ね、車椅子や杖を使ってでも寄席の舞台に上がり続ける姿は、見る者の心を揺さぶった。
声が思うように出なくなっても、噺の間と眼光だけで客席を笑わせ、引き込む話芸の極み。復帰の高座で涙を流しながらも「落語が好きだから」と語った言葉に、芸人としての矜持が凝縮されていた。命を削りながら演芸の灯をともし続けた生き様は、後進の落語家たちに強烈な道標を残した。