順風満帆に見えた大島優子のキャリアですが、中学生から高校生へと成長するにつれて、子役出身者特有の「成長の壁」に直面します。子役としての需要が落ち着き、大人の女優への移行期においてオーディションに受からない日々が続いたのです。
高校生時代の2005年には、THE ALFEEの高見沢俊彦がプロデュースを手掛けた40人組のジュニアアイドルユニット「Doll's Vox」に参加し、シングル『夢見るオモチャ箱〜恋するDancing Doll』でCDデビューを果たします。しかし、ユニットは目立ったヒットに恵まれず、短期間で活動を終了。大島自身も「自分はこのまま芸能界で生き残っていけるのだろうか」という深刻な将来への不安を抱えることになります。
私生活においても、多感な思春期に両親の離婚を経験。父親に引き取られ、父子家庭で支え合って生活する中で、「芸能界で必ず結果を出して父親に恩返しをしたい」という強い想いが芽生えていきました。そんな中、2006年に開催された「第二期AKB48追加メンバーオーディション」に挑戦。高校2年生、17歳という背水の陣で挑んだオーディションで見事合格を勝ち取り、チームKの中心メンバーとして新たな一歩を踏み出すこととなったのです。