明治時代に制定された旧皇室典範、ならびに戦後の1947年に施行された現行の皇室典範第4条には「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と明記されており、譲位に関する規定は意図的に排除されていました。これには、歴史上見られた上皇と天皇の「二重権威」による権力闘争を防ぐことや、外部勢力による天皇への退位強要(政治的圧力)を排除するという法意がありました。
2016年8月「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」
この法制度の壁に対し、大きな転機となったのが2016年8月8日に宮内庁から公表されたビデオメッセージでした。当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)は、国民に向けて率直な心情を吐露されました。
「身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」
このビデオ声明は、憲法第4条が禁じる「国政に関する権能」への抵触を慎重に避けつつも、象徴天皇としての役割を全うできなくなる前に次世代へバトンを渡したいという強い意志を示すものでした。当時の世論調査(報道各社実施)では、国民の8割以上が生前退位を容認・支持する結果となり、政治を大きく動かしました。
法制化の道筋と「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」
政府は有識者会議を設置し、恒久法としての皇室典範本体の改正か、一代限りの特例法制定かで激しい議論を交わしました。将来の恣意的な退位強要リスクを最小限に抑えるため、2017年6月に成立したのが「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」です。
そして2019年(平成31年)4月30日、皇居・宮殿「松の間」にて国事行為として退位礼正殿の儀が挙行されました。上皇陛下は「象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します」とお言葉を述べられ、翌5月1日、徳仁親王殿下が第126代天皇に即位され、「令和」への改元が実現しました。