多くの人が疑問に抱くのは、事故物件住みます芸人 理由の根底にある動機です。なぜ健康被害や精神的負荷のリスクを背負ってまで、不気味な空間に身を置き続けるのでしょうか。当時のインタビューや自著の手記において、松原タニシは活動初期の心境を「売れない芸人が生き残るための、文字通り命がけの藁をもつかむ選択だった」と赤裸々に告白しています。
30代を目前にして芸人としての芽が出ず、月収数万円の極貧生活を送っていた彼にとって、北野誠から持ちかけられた「事故物件に住んで心霊写真や動画を撮ってきたらギャラを払う」という提案は、断ることのできないラストチャンスでした。しかし、実際に数々の部屋で暮らす中で、彼のスタンスには明確な心理的変遷が生じていきます。
単なる「リアクション芸」や「恐怖の演出」ではなく、「人が死んだ場所で何が起こるのかを感情を交えずに定点観測する」という客観的な記録者・民俗学的探求者へのシフトです。公の場のトークイベントで彼は、「幽霊がいるかいないかを白黒つけたいわけではない。そこで起きた事実をそのまま記録し、かつてそこに誰かの人生があったことを受け止めたい」と語っています。死者を恐怖の対象として消費するのではなく、空間の記憶として淡々と記録する姿勢こそが、彼を10年以上にわたって突き動かしている原動力といえます。