古賀浩靖は1947年8月15日、終戦の日に北海道で生まれました。幼少期から学問に励み、神奈川大学法学部に進学。当時の大学界隈は全共闘をはじめとする左派学生運動が猛威を振るっており、全国各地で激しい大学紛争が巻き起こっていました。
そうした混乱の中、古賀は宗教法人「生長の家」の教えに傾倒し、民族派・保守派の学生組織である「生長の家学生会全国総連合(生学連)」で活動を展開します。祖国の伝統と誇りを取り戻そうとする情熱は人一倍強く、やがて行動する言論人として頭角を現していた三島由紀夫が結成した「楯の会」に第二期生として参加することになりました。
楯の会において古賀は、生来の誠実さと高い実務能力、そして武道への真摯な姿勢から三島の絶大な信頼を獲得します。剣道や居合道に秀でていた腕前は、後に彼が背負うことになる運命の引き金となりました。