北島三郎が競馬の世界に足を踏み入れたのは1963年。半世紀以上にわたり、馬主名義である「有限会社大野商事」の看板を背負い、勝てない時期もひたむきに馬たちを愛し続けてきた。
良血馬が高額で取引されるセリ市において、キタサンブラックとの出会いは奇跡としか言いようがない。父ブラックタイド、母シュガーハートという血統は、決して当時の超エリート路線ではなかった。だが、牧場でその幼駒を見た北島は、涼やかで澄んだ瞳に一目惚れしたという。「顔が良くて、目が澄んでいた」。演歌界の頂点を極めた男の直感は、後に中央競馬の歴史を塗り替える怪物を引き寄せることとなった。