新幸橋ビルディングが取り壊された決定的な理由は、東京都心でも屈指の規模を誇る「内幸町一丁目街区地区第一種市街地再開発事業」の施行区域に指定された点にあります。本事業は日比谷公園南側に広がる約6.5ヘクタール(延床面積は約110万平方メートル)という広大なエリアを丸ごと刷新する国家プロジェクトです。
新幸橋ビルディング自体は1980年代末のバブル期前後に建てられたもので、耐震性や構造上の限界だけを理由に即座に取り壊さなければならないほど致命的に老朽化していたわけではありません。しかし、周辺には第一ホテルアネックスや帝国ホテル東京、NTT日比谷ビル、旧東京電力本社ビルといった昭和から平成初期の建物が密集し、区画ごとの細分化や地下歩行者ネットワークの未整備が長年の課題となっていました。街区全体のエネルギー効率向上や防災拠点機能の強化を果たすため、個別のビル改修ではなく、エリア全体を更地にして再構成する選択が下されたのです。