『早春賦』を語る上で欠かせないのが、作曲家・中田章との奇跡的な出会いである。東京音楽学校の同僚でもあった中田の優美でどこか物悲しい旋律に、吉丸の文学的センスが見事に昇華された。二人の共作は、当時の文部省唱歌の中でも群を抜く完成度を誇り、教育現場に強烈なインパクトを与えた。
言葉が先か、曲が先か。二人の対話は連日連夜に及んだという。中田が提示する美しいメロディラインに対し、吉丸は一音一音の言葉の重みを吟味し、児童が歌いやすく、かつ情景が脳裏に鮮明に浮かぶ表現へと徹底的に磨き上げた。この黄金コンビによって、西洋音楽の理論と日本の伝統的な韻律が見事に融合した日本歌曲の新たな金字塔が打ち立てられたのである。