この地は単なる観光地にとどまらず、日本の気象観測史や文学とも深いゆかりを持つ。かつて気象庁職員として富士山レーダー建設に尽力し、数々の山岳小説を世に送り出した文豪・新田次郎。彼はこの八ヶ岳・霧ヶ峰周辺の山々を深く愛し、作品の構想を練ったとされている。
山頂に君臨する車山気象レーダー観測所は、1999年にその運用役目を終えたものの、ドーム状の象徴的なシルエットは今もシンボルとして親しまれている。歴史のロマンに思いを馳せながら、標柱の傍らから遠く連なる山並みを眺めると、かつての観測員たちや文豪が見つめた風景と同じ風を感じることができるだろう。