AKB48の事務所移籍の歴史は、黎明期の試行錯誤とともにスタートしました。2005年の立ち上げ当初、メンバーは劇場運営元であるoffice48や、後に設立された株式会社AKSに一括して所属していました。
転機が訪れたのは2007年から2008年にかけての時期です。「劇場の外へ飛び出し、全国区のタレントを育てる」という方針のもと、オーディション形式で大手芸能事務所への所属打診が進められました。これにより、前田敦子さんや大島優子さんをはじめとする主要メンバーが次々と大手プロへと移籍。AKB48のシングル選抜メンバーが複数の事務所の看板タレントで構成される黄金期へと突入します。
このマネジメント体制を支えたのが、極めて合理的な「ハイブリッド契約システム」です。AKB48としてのCDリリース、コンサート、劇場公演、握手会などの全体活動はAKSが統括し、ドラマ出演、CM、雑誌グラビア、バラエティ番組などの個人タレント活動は各所属事務所が担当するという役割分担が確立されました。
その後、グループの成熟と運営体制の刷新に伴い、2026年にAKSは国内AKB48事業を分社化して株式会社DHを設立(旧AKSはVernalossomに社名変更し海外事業等を統括)。現在では、若手を中心に株式会社DHへ直接所属しながら活動するメンバーと、外部事務所へ所属するメンバーが共存する形で歴史が受け継がれています。