広報戦略においても、彼は従来の手法を劇的に変えた。自社メディア「トヨタイムズ」を立ち上げ、一次情報を自らの言葉で直接世の中に発信し始めたのだ。従来のテレビCMや新聞記事というフィルターを通さず、経営陣の生の葛藤や現場の泥臭い努力をそのまま開示するスタイルは、企業コミュニケーションに革命をもたらした。
また、日本自動車工業会の会長を長年にわたって務め、自社だけでなく日本の自動車産業全体を守り抜く防波堤となった。コロナ禍における雇用維持や、脱炭素社会に向けた日本の製造業の生存戦略を精力的に訴え続け、550万人の基幹産業に従事する労働者を鼓舞し続けた指導力は、業界の枠組みを超えて高い評価を得ている。