文学界で高い評価を得たこの物語は、演劇界にも大きな波紋を広げた。松竹株式会社が製作を手がける形で舞台化が実現し、劇場に多くの観客を足繁く通わせることとなった。
とりわけ印象深いのが、歌舞伎界の巨星・坂東玉三郎による演出および出演である。歌舞伎で培われた圧倒的な美意識と空間演出の巧みさが、舞台『錦秋』の世界観に見事に結実した。舞台上に立ち上る秋の気配、沈黙の間(ま)の取り方、そして往復される言葉の抑揚。美しくも切ない「錦秋」の空気感が、生身の俳優たちの呼吸を通して客席へと伝播した瞬間は、演劇ファンの間で語り草となっている。