8代高砂親方を語る上で見逃せないのが、苦労人として知られる高砂親方の経歴です。モンゴル・ウランバートル出身の朝赤龍は、名門・明徳義塾高校への相撲留学を経て角界入りを果たしました。同期の朝青龍とともに切磋琢磨しながら番付を駆け上がり、多彩な技と強靭な足腰を武器に最高位・東関脇まで登りつめました。技能賞を幾度も受賞した土俵態度は、まさに正統派の職人肌力士と呼ぶにふさわしいものでした。
現役引退を見据えて日本国籍を取得した親方は、年寄・錦島を経て高砂の名跡を継承。その多忙な親方業を陰で力強く支えているのが、日本人の愛妻(嫁)の存在です。部屋の女将さんとして若い力士たちの健康管理や生活面のケアに心を配り、アットホームで結束力の強い部屋づくりに大きく貢献しています。家庭内の温かなサポートがあるからこそ、親方は土俵での指導に100パーセント専念できる環境が保たれています。